神が創造した奇跡の男

gakus2006-04-06

 「ニューヨーク・ドール」(5月公開)は、米国からのグラムロックへの返答にして、パンクの祖ともいわれるバンド、ニューヨーク・ドールズのベーシストだった故アーサー・ケインの数奇な生をたどるドキュメンタリー。ファンでもあるせいか、2度ほどジワッとくるシーンがあった。

 1972年、流行のハードロックやプログレにケリを入れるかのように登場したニューヨーク・ドールズは、女装ファッションと毒気のあるサウンドで当時の音楽に退屈していた音楽ファンを引きつけ、時代の寵児となる。が、わずか2枚のオリジナル・アルバムを残して解散。バンド存続時から、メンバーがドラッグで亡くなるなど、スキャンダラスな存在であったが、解散後ハートブレイカーズで活動していたギターのジョニー・サンダースがやはりドラッグのオーバードーズで世を去り、後を追うようにドラムのジェリー・ノーランが亡くなる。もうひとりのギタリスト、シルヴェイン・シルヴェインは地道に音楽活動を続け、ボーカルのデビッド・ヨハンセンは音楽活動のかたわら、俳優業でもそれなりの成功を手にした。

 じゃあ、解散後もっとも陽の当たらなかったアーサー・ケインは何をしていたのかというと…モルモン教に改宗して教団施設の図書館司書になっていた。かつては“殺し屋(Killer)”と呼ばれグラマラスなロックを鳴らしていた男は、今や毎朝バスで仕事に通う敬虔な初老男性。同僚であるおばちゃんたちも“彼がロックスターだったなんて、想像もできなかった"と言う。

 2004年、ロンドンで開かれる音楽フェス、メルトダウンのプロデューサーを任されたモリッシーは、自身が10代のころにファンクラブの会長を務めていたニューヨーク・ドールズに再結成を要請。こうして彼らは再びステージに立つことになる。アーサーも最初は信じられなかった。モルモン教徒の仲間は、こう語る。“アーサーはニューヨーク・ドールズをやり直すことを誰よりも願っていた”。解散後30年来の夢がかなったのだ。

 そして、5月に行なわれたそのステージの模様が映画のクライマックスとなる。最初に泣けた箇所は、ステージに上がる直前、メンバーが輪になり、アーサーが祈りの言葉を口にするシーン。“願わくば、ここにジョニー、ジェリーの魂があらんことを…"。

 コンサートを盛況のうちに終え、アーサーはもとの図書館の仕事に戻り、その22日後に白血病であることが判明し、7月に世を去った。その2か月後、再結成ドールズはアーサー抜きで来日公演を果たすが(2004年9月25日の日記にその感想を記しています)、アーサーが亡くなる以前に来日公演は決定していた。アーサーの死を耳にしたとき、本当に来日するのか心配になった覚えがあるが、この映画を観ると彼は最初から来日公演に参加する予定ではなかったような印象を受ける。それが病気のせいかどうかはわからないが。

 もう一箇所泣けたのはエンディングに流れた曲。あえて曲名は伏せますが、訳詩だけ記しておきます。


   変わるにはいい時期だ
  見てみなよ、ツキがまわってきたせいで善人が悪人になる
  だから、お願いだ、どうか、どうか
  僕に欲しいものを手に入れさせて
  今度ばかりは

  ずいぶん長い間、夢を見ることなどなかった
  僕の人生を見てくれよ、善人もすっかり悪になってしまった
  だから一生に一度だけ 欲しいものを手に入れさせてほしい
  こんなに願ったのは初めてのこと
  神のみぞ知ることだが、これが初めてだ


 出来すぎだよ、この映画は…。

 ジャケはアーサー、最後のプレイを収めた2004年の再結成ライブ・アルバム『RETURN OF THE NEW YORK DOLLS』。

ニューヨーク・ドール SPECIAL BOX [DVD]

ニューヨーク・ドール SPECIAL BOX [DVD]

ニューヨーク・ドール [DVD]

ニューヨーク・ドール [DVD]