ベルトルッチの中二病
ベルナルド・ベルドルッチに対する映画ファンの一般的なイメージは、アカデミー賞を受賞した名匠、退廃美を刻む鬼才……というものだと思うけれど、個人的には時々顔を覗かせる青臭さが本質なのでは……という気がして仕方なかった。初期の『革命前夜』『暗殺のオペラ』の頭でっかちに行動がついていかないキャラクター像はもちろん、円熟期の『ルナ』(祝・DVD化!)や『魅せられて』『ドリーマーズ』も目線が若過ぎやしないか? 『ラストタンゴ・イン・パリ』のマーロン・ブランドも結局のところ、中二病から脱せずに破滅したようなものでは? それが正解かどうかはともかく(いや、不正解ですとも)、今月公開される10年ぶりの新作『孤独な天使たち』も、そんな青臭さがむせ返るほど充満した青春映画でした。
主人公は他人との付き合いを避けるようにして暮らす14歳の少年。学校のスキー旅行に行くと嘘をつき、彼は自宅マンションの地下にある物置小屋に閉じこもり、わずらわしさから解放された時間を過ごそうとする。ところが、麻薬中毒の異母姉に見つかり、行き場がないという彼女と嫌々ながら過ごすことになり…。
ベルトルッチに本作のインスピレーションをあたえたのは、デビッド・ボウイの“LONELY BOY, LONELY GIRL”。アルバム『SPACE ODDITY』の40周年記念エディションに収録されたタイトル曲のイタリア語バージョン。“SPACE ODDITY”はご存じのとおり、宇宙飛行士トム少佐が宇宙空間で狂気にとらわれるという歌だが、イタリア語バージョンの方はまったく歌詞が変わっていて、タイトルどおり孤独なティーンエイジャーの心情をつづったもの。鬼才の中二マインドが共鳴したのも、なんとなく頷ける。
この曲は劇中でもフィーチャーされているが、オリジナルの“SPACE ODDITY”もラストでしっかり流れてくる。ここで連想されるのはボウイが、後に歌った“ASHES TO ASHES”。「トム少佐はジャンキーだった」という歌詞が、やはりヤク中である主人公の異母姉と重なり、見ていて想像力(というか、深読みへの意欲)を刺激される。少年は異母姉がヤク中であることは知っていても、それがどういうものかを、まだ理解してはいない。成長段階としては“SPACE〜”を卒業して“ASHES〜”へ向かうあたりにたどり着いて映画は終わる。ネタバレになるので詳しくは書かないけれど、その辺を考えながら見ると面白く見られると思う。
どうでもいいが、ベルトルッチもボウイも10年ぶりの新作をほぼ同時期に発表する……というのも奇遇なり。
主人公がヘッドフォンで聴く音楽も、やはりそんな心情にフィットしたものばかり。フジロックでの来日も決まったTHE CURE“BOYS DON’T CRY”を皮切りに、レッチリやMUSEといった、さびしんぼうが好みそうな曲が並ぶ。ARCADE FIREの"Rebellion (Lies)"が鳴った時は震えたが、残念ながら高揚する後半部に進む前に途切れてしまう。悔しいので、2005年リリース、このUK盤シングルのジャケを。
引き続き、イギリス映画の当たり年
ほぼ1年ぶりに更新。生きてます!
昨年からのイギリス映画の好調は今年も続いており、見る映画に当たりが多い。上映は終わったが、『ロンドンゾンビ紀行』は老人とゾンビの史上最遅のチェイスに笑ったし、『ジャッジ・ドレッド』も『ザ・レイド』と似た設定で割を食った感はあるものの限定空間の濃密さで見せ切るエキサイティングな快作だった。今月公開の『シャドー・ダンサー』も派手さはないがIRAの闘争に飲みこまれるアイルランド女性の悲劇が日常レベルで伝わる力作。この先も、バイブレーター誕生秘話を英国映画らしい品のいい笑いで包んだ『ヒステリア』や、『さらば青春の光』と同じブライトンが舞台でショートカットのダコタ・ファニングが尋常じゃないほどかわいい青春劇『17歳のエンディングンノート』、現代ロンドンの空間の寒々しさと、刑事VS犯罪者の対決の熱の対比が面白いハードボイルド『ビトレイヤー』など、個性的な作品が並ぶ。
しかしダントツは、やはりケン・ローチ。去年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したこともあり、どんだけの力作かと思いきや、コレが肩の力が抜けたコメディ。といっても、もちろんバカバカしい類のものではなく、庶民生活の悲喜こもごもがベースとなっている。主人公は、ケンカっ早い性格が災いして逮捕され、労働奉仕を命じられた青年。恋人の出産が間近であることから、心を入れ替えた彼はマジメにこれを務め上げようと決意する。そんなある日、理解ある指導員に連れられて出かけたウィスキーの醸成場見学で、彼にテイスティングの才能があることが判明。俄然ウィスキーに興味を抱くようになった彼は、その才能を駆使して一大詐欺を企てる…。
この映画の何よりの魅力は、主人公のキャラクター。劣悪な環境に育ち、カッとなって暴力をふるっては補導されている一方で、気持ちいいほど純朴で、生まれてきた赤子をだっこして”この子のために二度と暴力は振るわない”と誓ってそれを守り、労働奉仕仲間が悪さをしようとすると”指導員に迷惑かかるからヤメレ”と注意したり。それもこれも、恋人にベタ惚れだから…という背景あり。
そんな本作でメインテーマ的に使われているのが、プロクレイマーズ'88年のヒット曲”I'm Gonna Be (500 Miles)”。”朝目覚めると君が隣にいて欲しい〜酔っ払う時も隣にいてほしい〜君に会うためなら500マイルでも歩く”というベタベタのラブソングも、この主人公に重なると微笑ましく、”オマエ、そんなに彼女が好きかー”と、肩のひとつでも叩いてあげたくなる。シンプルなアレンジの曲だから、ケン・ローチの作風にもマッチしているのでは。
画像はThe Proclaimers、88年のUK盤シングル。この曲はジョニー・デップ主演の『妹の恋人』で使われていたのが有名。最近では公開中の『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』でもフィーチャーされていた。
イギリス映画当たり年
アカデミー賞にいろいろノミネートされているからというワケではないけれど、今年は日本公開されるイギリス映画が元気だ。オスカー関連作では『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』『マリリン 7日間の恋』(以上3月公開)、『裏切りのサーカス』(4月公開)、他ではレイフ・ファインズ監督作『英雄の証明』(3月公開)、エロ全開の『Shame/シェイム』(3月公開)、ケン・ローチの新作『ルート・アイリッシュ』(3月公開)、その息子ジム・ローチの監督作『オレンジと太陽』(4月公開)と、見ごたえのある作品が並ぶ。今公開されてる『ザ・トーナメント』もB級節が効いていて面白かったし。これで昨年11月6日のエントリーで紹介した2本が日本公開されたら、間違いなくイギリス映画の当たり年になると思う。
現時点で日本公開が決まっている作品で、もっとも気に入っているのがティルダ・スウィントン主演、『モーヴァン』のリン・ラムジー監督作『少年は残酷な弓を射る』(6月公開)。ティルダふんする女性の家庭が、いかにして崩壊していったかをフラッシュフォワード&ホラー映画風に描いた逸品で、スプラッター映画でもないのに、やたらと鮮血のイメージが焼き付く。ティルダのダンナ役がジョン・C・ライリーというのもイビツだし、何より悪魔のような息子がスゲエ! 息子役のエズラ・ミラー、近寄りたくないほどの病んだ個性の持ち主なので、その筋のファンには人気が出るんじゃないかな。
劇中、バディ・ホリーの"EVERYDAY"が流れるシーンがあるけれど、アレンジのかわいらしさとは裏腹に、目の前の映像は殺伐としている。この選曲のセンスも、なんだかスゲエ!!
ジャケはBuddy Holly、"EVERYDAY"を収録した1958年リリースのセルフタイトル・アルバム。"EVERYDAY"はナイアガラ・トライアングルVol.2"A面で恋をして"の元ネタとしてもおなじみ。そういえば、ナイアガラ〜、また再発されるんだよねー。
↑このトレーラーの冒頭の曲。
くよくよするなよ
アカデミー賞にノミネートされている『ヘルプ〜心がつなぐストーリー』(3月公開)は、1960年代の米国南部を舞台にしたヒューマンドラマ。反人種差別を女性目線で訴えた、ありがちな社会派ドラマと思いきや、これがなかなか面白い。
ミシシッピの上流家庭に生まれ育ち、大学を卒業して出版社で仕事を得たスキーター(エマ・ストーン)は、故郷で働く黒人のメイドたちの現実を本にしようと決意。しかし、メイドたちは職を失うことを恐れて取材に応じようとしない。それでも、過去のあるひとりのメイド(ヴィオラ・デイビス)がようやく重い口を開き、それに続いて横暴な奥様にクビにされた、その友人(オクタヴィア・スペンサー)も取材に応じる。時を同じくして、公民権運動への反発から黒人に対する暴力が激化し…。
主要な登場人物はほとんど女性で男目線はほとんどないが、それでも入り込めるのは、黒人のメイドたちを悲劇的な存在にせず、おおらかな気持ちで苦難をやり過ごしている姿がリアルだから。当然、そこには辛苦だけでなくユーモアもあって、とりわけスペンサーの奥様への復讐は痛快。このエピソードだけで、もう私的助演女優賞確定!主演女優賞候補のデイビスや実質的な主役のエマ・ストーンはもちろん、意地悪奥様にふんしたブライス・ダラス・ハワードも、白人なのに仲間外れにされている孤独な奥様にふんしたジェシカ・チャスティンも、皮肉屋の老婆を演じたシシー・スペイセクもイイ。アンサンブルキャストが高く評価されているのも納得。そういえば、ブライスは前の『スパイダーマン』、エマは次の『スパイダーマン』で同じ役を演じるんだよな。そんなワケで、本作ではグウェン・ステイシー対決が見られます。
スキーターとの恋が芽生えかける男キャラ(白人)もいるが、やはり封建色に染まっていて"君は町の平和を乱してる!"と彼女とケンカ別れしてフェイドアウト。この場面で流れるのはボブ・ディランの"DON'T THINK TWICE, IT'S ALRIGHT"。"くよくよするなよ、これでいいんだ”というフレーズが、スキーターの心情をそのまま物語っているように響く。こういう悲しい事態も毅然と受け入れる、スキーターのオトコ前なところも本作の魅力のひとつか。それはともかく、この曲は物語の時代背景的にもピッタリ。
ジャケは説明不要、1963年リリース、この曲を収めたBOB DYLANのセカンドアルバム『THE FREEWHEELIN'』。
イタいほど十代
全米賞レースを賑わせつつアカデミー賞ではスルーされてしまったけれど、見どころがないわけではなく、むしろある層にはストライクに入るであろうシャーリズ・セロン主演の『ヤング≒アダルト』(2月公開)。『JUNO/ジュノ』のジェイソン・ライトマン監督と脚本家ディアブロ・コディの再タッグ作品です。
シャーリズふんする主人公は都会で働く、パッとしないゴーストライター、30代、バツイチ、独身。自宅では着古したキティちゃんのTシャツを着てスッピンでデカいペットボトルのコーラをガブ飲みするくせに、外面はいつでもメイクをバリッとキメて、気に入った男がいればベッドイン。そんな気ままな生活にも疲れたかな…と思っていた矢先、田舎で家庭を築いた高校時代の元カレから子どもの誕生パーティへのお誘いメールが届く。どういう思考回路でそう考えたかは知らないが、ヒロインは”彼はまだ私のことを好きなはず!”と思い込み、彼の心を取り戻そうと臨戦態勢を整えて帰郷する。が、地元の昔の友人たちのすっかり落ち着いた日常から浮いてしまうことは避けられず…。
コディ本人を投影しているのかどうかは知らないが、ヒロインのイタさがリアルで生々しいのは、こんなストーリーだけでも察することができるはず。ユーモアで薄めようと思えば薄められたはずだが、今回のライトマンはトコトン、やってしまう方を選んだようで、コレは好き嫌いがハッキリ分かれるだろう。自分!? 田舎者で見栄っ張りの三流フリーライターが、この主人公に共感しないワケがないっすよ…。
ヒロインが帰郷しようとして車で持ち込むカセットテープは、元カレが高校時代に作ってくれた思い出深いもの。流れてきたのはティーンエイジ・ファンクラブ"THE CONCEPT"。これを繰り返し、繰り返しリピートして聴くのがまたイタいのだが、この曲に関していえば、後にさらにイタい展開が待っている。とにかく、この曲は何度もかかるので本作のメインテーマと呼んでも差し支えない。
ヒロインが90年代前半に高校時代を過ごしているという設定だから、他にもリプレイスメンツやダイナソーJr.、ヴェルカ・ソルト、フォー・ノン・ブロンズといった当時のオルタナ・アーティストの楽曲が聴こえてくる。逆にエンドクレジットではダイアナ・ロスのシブい曲”WHEN WE GROW UP”で意表を突いてくる。もちろん、この歌詞も意味ありげ。
ジャケは1991年リリース、TEENAGE FANCLUBのUK盤シングル『THE CONCEPT』。
↑このトレーラーで使われているDAVID BOWIE"QUEEN BITCH"も毒を感じさせ、最高!
彼女がキターッ!
今週末に日本でもいよいよ封切られるデビッド・フィンチャー版『ドラゴン・タトゥーの女』。原作も読んだし、スウェーデン映画版も見ていて、犯人もオチも知っていたけれど、それでも吸引力は相当なもの。撮る人が撮ると、やっぱ凄い映画になるんだねー。
大実業家一族の長の依頼で、40年に起きた一族の少女失踪事件の真相を探ることになる雑誌記者ミカエル(ダニエル・クレイグ)。彼の奔走と併せて、のちにその調査を手伝う社会不適格な女の子リスベット(ルーニー・マーラ)の天才的なハッカーぶりや、保護司から受ける性的暴行、それに対する逆襲が描かれる。スウェーデン映画版に比べると原作に忠実で、それゆえリスベットの強靭さが、より強く印象に残る。そういう意味では、原作のタイトル『ミレニアム』を映画に付けなかったのは正解。
個人的に驚いたのは、原作ではシリーズ2作目でミカエルが知ることになる、リスベットの秘密(=12歳の時の”最悪の出来事”)を、今回の映画では早々とミカエルが知ることになる点。ハリウッドでも原作『ミレニアム』は三部作での映画化を想定されているが、”次”を撮る人にはハードルが上がったんじゃないのか!?
音楽的には、予告編でも使用されているカレン・Oが雄叫びを上げるレッド・ツェッペリンのカバー”移民の歌(IMMIGRANT SONG)がオープニングクレジットのイメージ映像に重なり、強烈なインパクトをあたえる。インパクトという点では、エンヤの”ORINOCO FLOW ”も印象的であるのは方々で語られているとおり。クライマックスのいたぶりシーンで、いたぶる側の人がオーディオからこのクラシカルな曲を流すのだから、かなりの変態とみた。
さらに耳に引っかかったのが、エンドクレジットで流れるHOW TO DESTROY ANGELS なるバンドによる、ブライアン・フェリー"IS YOUR LOVE STRONG ENOUGH"のカバー。フェリーのオリジナルはリドリー・スコット監督、トム・クルーズ主演『レジェンド/光と闇の伝説』の米国公開バージョンのエンドクレジットで使用されていたが、その印象とだぶる。それはともかく、誰も知らない秘密まで打ち明けたリスベットのミカエルに対する愛情が”ストロング・イナフ”であるのか、否か? そんなことを考えながら聴いていると、こちらも印象度が強くなる。
そういえば、先日フィンチャーに取材した際、音楽の話を訊いたんだけど、この"IS YOUR LOVE STRONG ENOUGH"の使い方について、エンドクレジットから流すか、ラストシーンからエンドクレジットへのブリッジとして使うか迷ったあげく、前者にしたとのこと。そこまで考えてるんだね、この御方は。となると、『ファイト・クラブ』(ピクシーズ)、『ソーシャル・ネットワーク』(ビートルズ)なんかも迷ったあげく後者になったのだろうか…。
ジャケはBRYAN FERRY、この曲のUKシングル盤、1986年リリース。
バカ帰還!
昨年最後のブログでチラリと触れた、1月公開の『ジャック&ジル』。全米ではドル箱スターだが日本ではDVDスルー作品ばかりのアダム・サンドラー主演、久々の日本劇場公開作品です。
広告代理店で働くジャック(サンドラー)は仕事も家庭も順風満帆の成功者だが、唯一の頭痛のタネは双子の妹ジル(女装したサンドラー、2役)。天真爛漫さゆえにうっとおしい彼女と、ユダヤの祭日を過ごせねばならないのが悩ましい。追い打ちをかけるように、ドーナツのCMにアル・パチーノを起用して欲しいというクライアントからの難題が。ところが、こともあろうにパチーノがジルに一目ぼれしたことから、事態はジャックが予期していなかった方向へ転がりだし…。
全米の映画格付けサイト、腐れトマトでは100点満点中、一桁点数という最低ジャッジが下されている本作だが、これは幼稚さが売りのサンドラー作品にはよくあること。ファンとしては、サタデー・ナイト・ライブ時代によくやっていた女装演技やユダヤ・ジョークに嬉しくなってしまう。アル・パチーノのノリノリの怪演もバカっぷりに拍車をかけているし、特別出演のジョニー・デップもジルにデュラン・デュランのメンバーに間違えられる始末。見ていて妙に得した気分になってくる。
当ブログで再三指摘しているように、サンドラー作品は80年代のヒット曲と切り離せない。今回も同様だが、今回はビースティ・ボーイズや2アンリミテッドなどのヒップホップ〜ダンス系の音楽が目につく。ゴーゴーズ"VACATION"なんかも印象的に使われてはいますが。
ジャックとジルが絆を取り戻しかけるシーンのひとつに、子供のころに得意としていたダブルダッチを再びやって見せる場面があるが、このシーンで流れるのがランDMC"IT'S TRICKY"。あまり利口そうに見えないジャック&ジルのコンビネーションが"TRICKY"と称されるギャップ、そこが妙味と言えるでしょう。
ジャケは1987年リリース、RUN DMCの米盤シングル『IT'S TRICKY』。